山口茜さんの、強くなれた気持ちの変化

山口茜さんは、日本を代表するバドミントン選手である。

小学校の頃から、強い、と注目され続け周囲の期待を裏切ることなく世界の第二位までたどり着いた。

もともととても寡黙で、余計なことは言わないし、インタビューでも最低限のことしか言わない。

しかし試合になると本当に強い。気持ちがぶれないしとても安定している。どんなに負けていても動揺している様子もない。

彼女がいっきに世界のトップ選手になったきっかけがある。

それは2016年のリオオリンピックのことだった。

女子シングルスの代表選手に、奥原希望選手と選ばれた山口選手は順調に勝ち進んでいった。

ところが最大のライバル、奥原希望選手と準々決勝で当たってしまったのだった。

二人ともオリンピックは初めてのこと。しかも部屋は同室だ。

結果は山口選手の惜敗だった。

その体験によって彼女は大きく変わったように思う。

なんせ山口茜選手は、負けたその日から、すぐに練習をスタートさせたのだった。

オリンピックで他の競技の観戦をすることもな

く、ただ黙々と練習に取り組んでいったのだ。

そこからの彼女はものすごい勢いで伸びていった。
オリンピック時2016年8月は12位のランクが、その年の12月までにはいっきに6位に上昇。2017年6月には2位となる。

それ以降ほとんど落ちることなく、2~4位でとどまっているという成績なのだ。

彼女は以前面白いことをつぶやいていた。

強くなりたい、強くありたい。

これは、宮本武蔵を主人公んした「バガボンド」のセイルから。

強い人が強くなりたいというわけではなく、強くあろうとする者が強い、というセリフだ。

その一方で彼女は楽しむことも強くなるのに重要な要素だということを知っている。

国体で先輩たちと同じチームで出場した時、結果を気にし過ぎず、楽しくやろうという気持ちを思い出させてくれたと言う。その後はどんどんプレーが良くなっていったと山口選手は言う。

そしてもうひとつ、彼女には勝つために大切な要素があると思っている。

それは、誰かを楽しませる、喜ばせるためにプレーする、ということだ。

優勝した時は色々な人にすごく喜んでもらえました。

それが本当に嬉しかった。

山口選手は、ある試合で奥原選手にかなりの大差をつけられて負けそうになっている時があった。その時、このまま負けてしまったらお世話になっている人にこんなプレーを見せて申し訳ないなお客さんに対しても、こんな試合じゃおもしろくもないし、せっかくお金を払っているのに申し訳ないなと思ったという。

そこから彼女は一本ずつ頑張ろうと思えたし、ここから逆転したら盛り上がるな、おもしろいかな、と思えたという。

その時から、周りの人のことも考えてプレーができるようになった。

やっぱり人を笑顔にすること、笑顔になってもらうことはすごくいいことだと思う

ただがむしゃらにプレーをして自分本位で試合をするだけではなく、支援してくれる人やお客さんに楽しんでもらえる試合をしたい、という想いながら、彼女は虎視眈々と世界トップを目指している。

山口茜(やまぐちあかね)さんってこんな人

生年月日 1997年6月6日
出身
学歴 勝山市立勝山南部中学校→福井県立勝山高等学校

所属 再春館製薬所

3歳からバドミントンをはじめた。

中学三年の時、日本一を決める大会である全日本総合バドミントン選手権大会では史上初めて中学生で初戦を突破し史上最年少でバドミントン日本代表に選出された

スーパーシリーズ(格付けの一番高い高い)であるンジャパンオープンでの開催時は世界ランキング145位で予選から出場し、準決勝で前年度優勝者の戴資穎(台湾)を破って決勝進出、決勝では打田しづか(日本ユニシス)に2-0(21-15,21-19)で勝ち、同大会の全種目を通じて日本人初の優勝を達成した。さらに16歳3カ月16日でのBWFスーパーシリーズ制覇は史上最年少記録であった。

彼女が引用してたバガボンドの漫画は、原作が吉川英治さんの『宮本武蔵』である。2000年、第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、第24回講談社漫画賞一般部門受賞。2002年、第6回手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞している。

 

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