宮川花子さんの、今あふれる気持ち

宮川花子さんは、宮川大介さんとの夫婦漫才で新しい境地を切り開き、2017年に紫綬褒章を受賞した漫才師である。

長年の夫婦円満の秘訣は何ですか?と聞かれて彼女はこうこう答えている。

夫婦を長いことを続けたらわかる。
あんなこと、こんなことで悩むことはない。

33歳で胃がんになった。手術で克服した時は、成功を目指している大介さんの妨げになると考え、私のことはかまわないで自由にしてくださいとお願いした。
その時、夫からもらった最高のプレゼントがあったと言う。

それは、すでに花子さんが書いていたという離婚届の提出と漫才コンビ解消を申し出た時、離婚届をびりびりに破った、ということだった。


その後今度は2007年に大介さんが脳出血で休養という大きな試練があった。

さらに2017年 脊柱管狭窄症筒後感染症で2回の手術と入院が3回
半年間の休養を与儀なくされた。

その献身的な介護のおかげで大介さんは退院してまた漫才ができるようになった。
彼女は介護の経験を通じてこう言う。

これからの高齢化社会、人の世話するために長生きさせてもうとる、と思わな。

二人の趣味はマラソン。実は私もマラソンを時々楽しんでいる。人生で一度だけホノルルマラソンを走ったことがあるのだが、その時、スタートのところで数メートル先に大介花子さんが同じくスタートを待っていたのを見かけた。

彼女はさすがに最近はフルマラソンは無理だが、先日3km部門に参加したという。

その時にこんなことを言っていた。

年取ると、こんなんして何になるんやろとか、何もできるもんがないとかいう人いるけど、そんなん自分の財産をすり減らしているだけ。

なんでもええから始めて、これから花さかそうや

力強い言葉である。何にもすることがない、なんて言っている人に贈りたい言葉だ。

2017年に11月紫綬褒章が贈られた。
彼らは、新しい漫才のスタイルを確立した、今なお現役で漫才をやっている数少ない夫婦漫才師だ。

授賞式の時、夫にいつかいわなかやいけないと思っていた言葉がある、と言って彼女はこう言った。

私を漫才に誘っていただいて本当にありがとうございました

宮川大介さんはこの言葉を受けてこう言った。

『ベストマイワイフですね。』

大介さんはこう言った。『陛下からお言葉をかけてもらったんです。

本当は公的に言ったことはないけれど、自分は、オリンピックの年あたりが自分の体力で限界だろうと踏んでいたんです。でも今回受賞があった時に
ああ、手土産を渡されたと思ったんです。

陛下からお言葉をかけてもらったんです。「お体ダイジョブウですか?
身体を大切にますます頑張ってください。」

だから今は、自分はまあ、ぶっ倒れるまでいこうか、みたいなノリで考えています。」

宮川花子(みやがわはなこ)さんってこんな人

生年月日 1955年8月28日
出身 大阪府大阪市
本名 松下美智代
学歴 大阪成蹊学園女子高校

1979年に宮川大介花子を結成。
高校卒業後、大阪府警察に入庁。男にでもぼろくそ言えてすっきりsる、偉そういにできる、といった理由。
城東警察署で交通巡視員を担当し、違反検挙率トップを誇ったという。こ

府警を退職した直後の1974年、中学の同級生だった吉田ハッチ(のちの中田八作)の紹介で、ハッチの師であったチャンバラトリオに入門したが、コンビと合わず廃業。

万引き取り締まり保安員として警備会社に就職。先輩社員だった大助と1979年に出会いコンビ結成。以降夫婦漫才しとして現役を貫いている。

ちなみに花子さんの趣味は手芸。そしてマラソンだ。今は走っていないかもしれないが、私も一度だけホノルルマラソンを走った時、スタートのところで数メートル先に、大介花子さんが、同じくスタートを待っていた。へえ、仲いいんだな、とその時思ったのだった。

大介さんが病に倒れるまでホノルルには毎年参加していたみたいだ。

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