平野美宇選手が強くなった理由

平野美宇(ひらのみう)選手はご存知、卓球の有名選手。

小さい時から頭角を現し、伊藤美誠選手と同学年。いっきに東京オリンピックのメダル候補となっていく。2017年は大活躍だったが、それまでは何かと伊藤美誠選手の陰に隠れて、あまりめだたない存在だった。

2016年リオオリンピックでは、次点で控え選手としてリオに同行したが、伊藤選手の大活躍を間近で見て、とても複雑な心境だったそう。

本当は友人の伊藤選手が大活躍して嬉しいはずなのに、日本がメダルを取れて嬉しいはずなのに、本人としては自分が活躍できなかった、自分は控え選手でしかなかった、という気持ちで暗かったのだ。

そんな平野選手を劇的に変えてしまった言葉があった。

それは、彼女がテレビインタビューの中で語っていたのだが、元テニスプレーヤーの松岡修造さんの言葉だった。

それは彼のこんな言葉。

「二重人格は素敵だ」

消極的な自分を打ち消すのはもう一人の自分。これがあまりにも胸に刺さってしまった平野選手は、こう思う

いままでは好感度とか、周りの人の目とかを意識していたけれど、自分はアスリートなんだから、勝てばいいかな、と思って。

 

これは、来年の目標は?とレポーターに聞かれて、彼女が即座に「来年は日本のエースになるようにがんばりたい。」と言った後に続けて言っていた言葉。

これで消極的だった彼女は、自分自身でそれを打ち消し、強気な気持ちを全面に出して戦うこと決意。

そして、2017年は目覚ましい躍進を遂げる。

2017年のアジア選手権では、日本人として21年振りのシングルスでの優勝を果たした。決勝では、現ランキング1位の丁寧(ていねい)選手との死闘を制したことでも有名になりましたね。

さらに世界選手権では48年ぶりの女子シングルス銅メダルを獲得した。

これによって彼女は真に、女子卓球黄金時代を築く立役者の一人となっている。そしてその躍進は今でも続いている。

平野美宇(ひらのみう)さんってこんな人

生年月日 2000年4月14日
出身 静岡県沼津市
学歴 大原学園高校
居住地 2歳より山梨県中央市

両親とも元筑波大学卓球部の主将を務めた
最年少でITTFワールドツアー優勝 ワールドカップ、全日本選手権シングルスで最年少優勝 世界選手権で48年ブリ女子シングルスメダル(銅)獲得
2017年アジア選手権優勝。

美宇の由来は、スペースシャトルエンディバーの美しさから、美しい宇宙、という意味で両親が名付けた。

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