小野裕史さんの、挑戦し続けることとは

小野裕史さんという人を知ったのは、友人から紹介された本がきっかけだった。

私はつい先日初の東京マラソンを走ったばかりで、すっかりマラソンの魅力に取りつかれていた。
そういう私の姿を見て、「あなたににぴったりな本があるからよかったら読んでみたら?」
と言われて紹介してくれたのが、小野さんが書いた「マラソン中毒者(ジャンキー)」という本だったのだ。

彼はベンチャー投資家の仕事をしている、バリバリのビジネスマンだ。


ところが、お休みのときはひたすらマラソンをしている、マラソンランナーでもある。
実業家の肩書を持つマラソンランナーだ。

サラリーマンや働きながらお休みの日はマラソンを楽しむ、こういった人は世の中に大勢いるだろうが、彼は単なるランナーではないのだ。

とてつもなく限りなくハードなランに挑戦し続けているランナーなのだ。

100kmマラソンは言うに及ばず、二晩寝ないで富士山の山道を160kmを走るウルトラトレイルマウントフジ、北極マラソン、南極マラソン、そして、アタカマ砂漠を250kmチームで走るアカタママラソン。

さらには、6日間で日本を520km横断する川の道フットレース、モンブラン1周160km、ジャングル250kmマラソン。

こんなランに常に挑戦し続けている日本人は皆無に等しいだろう。

小野さんはアスリートなんですか?と聞かれることもしょっちゅうだそうだ。
月に何本もレースを入れている日々を送っているからだ。

ビジネスマンだから、まとまった練習時間もとれないことが多いため、普段は仕事をしながら、トレーニングを行っている。
仕事先まで、着替えを詰めて10kmの荷物を担いで通勤ランをしたりすることもしょっちゅうだ。
荷物が少ない時は、10kgのお米をリュックに入れて走る。

彼はなぜ走るのか、についてこんなことを言っている。

人生は有限です。
でも、だからこそ、チャンレジを続けるのです。

 

できそうなことにチャレンジするより、できるかできないかわからないぐらいのことをチャレンジするほうが、達成した時の喜びも大きい。

彼は、とにかく動くこと、を大切にしている。

動かなければ未来は変わらない。

小さなきっかけでも心も羅針盤の針が動いたら、まずは動いてみる。
できるかどうか、ではなく、まずはやってみる。

結果、コケたり失敗も増えてしまうかもだけど、その分学びのチャンスだって得られる。

そうやっているうちに、自分の進みたい方向が少しずつ見えてくるのだ。

彼は進化論のダーウィン博士の言葉を引用して、こんなことを言っている。
「未来に生き残る生物は、最も力の強いものでも、賢いものでもなく、最も多くの変化のチャンスを創ったものだ。」

小野裕史(おのひろふみ)さんってこんな人

生年月日 1974年9月29日
出身 北海道札幌市
学歴 東京大学生物学科→東京大学大学院理学系研究科

2000年4月日本IBM システムズ・エンジニアリング株式会社へ入社したが、当時NTTドコモからiモードが出たことがきっかけで、自ら居酒屋関連の学生向けモバイルサイトを立ち上げ運営する。それにより5ヶ月後シーエー・モバイルへの第一号社員として転職した。

2008年1月に同社専務取締役を退任。
日本と中国にてベンチャーに投資をするベンチャーキャピタルインフィニティ・ベンチャーズLLPを立ちあげ、投資家となる。
2009年から本格的なマラソンをスタート。

きっかけは、仕事に没頭しすぎて体調を崩した時、妻からプレゼントされた、任天堂のマラソンのゲーム。
画面に向かってひたすら足を動かしてその場で走る真似事をすると、画面上の自分の分身が画面の中でマラソンをしてくれるというゲームだ。

ただ家の中でその場で足踏みをしてランニングの真似事をすることに嫌気がさし、走るなら外にでなくちゃ、ということでマラソンを始めた。

すっかりマラソンにハマってしまった彼は、フルマラソンに飽き足らず、次々と大きな大会に出ていく。
ゴビ砂漠、サハラ砂漠、北極、南極、アタカマ砂漠など、非常にハードだと言われている世界中のマラソン大会に出場、完走。

ひととおり世界中のハードなランを走った彼は、現在は馬とのランニングで世界を狙うべく、乗馬に傾倒している。
いつまでも夢とロマンを追い続け、チャレンジ精神に満ち溢れている人である。

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