坂本花織さんの、強いおまじない

坂本花織さんは平昌オリンピックのフィギアスケート代表選手に選ばれたスリーとである。
シニアに参戦して1年しか経っていない、若さがはじける演技で選ばれた。

彼女は小さな時から、同じコーチの元で一緒に練習してきた三原舞選手と大親友である。

舞ちゃんがいたから私はここまでやれた

小さな時からお互いに切磋琢磨して成長していった二人。

お互いにライバル、お互いに認め合う仲だ。
親友がいたから自分がここまで成長できた、とはっきり断言する坂本選手は素敵だ。

そんな中、坂本選手は、やはり2018年、自身初の平昌オリンピックに向けてひたすら努力を続けていた。
その前の年の後半には、2週間に1回というハードスケジュールで国際試合に参戦した。

ジュニアから始めてシニアの大会。場数を踏むことが必要だったのだ。

「選手を気にしてしまうと緊張してしまう。それが今回出ちゃいました。
シニア大会では、気持ちで負けていたと思います。」

どうしても他の選手たちのことが気になってしまう。それを捨てないと本来の力は出せない、ということを身をもって体験した。

彼女はたくさんの試合を通じて、常に緊張感の中で最高のパフォーマンスが出せるようにと努力を重ねていった。

すると不思議なことに、少しずつ、大人数のお客さんの前で滑るということに体が慣れていったのだった。

「表彰台に乘れば今後の可能性は見えてくれる。だから表彰台に乘れるようにがんばりたい。」

全日本選手権直前に言った言葉だった。

坂本選手の強みはなんといってもジャンプ。

幼いころ母と手をつないで歩いていた時、ずーっとジャンプしながら歩いていったそうです。母には、ちゃんと歩いてよ、と怒られてしまったそう。スケートをはじめてからもジャンプが好き。

また脚力は習っていた水泳の時の筋力も、今のジャンプに生きているのかなと思う。と答えている。

彼女はオリンピックへ行く直前、このように言っていた。

オリンピック前も、これだけやったんだから大丈夫と思えるように練習して、自分らしく滑れたらいい

これが、彼女がオリンピックで目指しているものだ。
自分らしく滑る、上がらず、緊張せず、自分らしくすべることが目標だ。

彼女はオリンピック選考大会である全日本大会で、最終滑走となる。
その時の緊張は高かったはずだ。
それについて記者が問うと、こんな答えが返ってきた

できる、としか思わなかった。
できる、できる、そう自分に言い聞かせました。

自分に暗示をかけて、絶対に自分はできるんだといいきかせる。そして見事に彼女はたった二枠しかないオリンピックの切符を手にしたのだった。
これからの成長が本当に楽しみだ。ガンバレ。

坂本花織(さかもとかおり)さんってこんな人

生年月日 2000年4月9日
出身 兵庫県神戸市
学歴 神戸市立渚中学校→神戸野田高校
所属 シスメックス

フィギアスケートは4歳から。きっかけはNHK連続テレビ小説『てるてる家族』で主人公の姉がフィギュアスケート選手だったから。
人は、どんなものでもきっかけになるんだと思いました。
また、小さい時は水泳もやっていたため、彼女自身、今の遠くまで飛べるジャンプ力はこの水泳でも培われたのだと思う、と話しています。
三原選手とは、コーチが同じこともあり、小さい時から一緒に練習してきたため、大の親友であり、またライバルでもある。
二人で辛いことも乗り越え、お互いにライバルとして頑張れた。

2017年12月の四大陸選手権で初出場、初優勝を遂げた。その直前のアメリカ大会では準優勝だった。これからどんな活躍をしてくれるかとても楽しみな選手。
趣味はお菓子作り。ガトーショコラが得意だそう。
バレンタインにはみんなにチョコレートをふるまうのかな。2018年のバレンタインは韓国ですね。


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