岸惠子さんの生きるモチベーション

私がこの原稿を書いている時、彼女は85歳である。
しかし、彼女は85歳なんて信じられないほど綺麗で素敵な人だ。

彼女は16歳の時にスクリーンで『美女と野獣』を見たことで、スクリーンで自分を表現するという世界があるということに気が付く。

すぐに松竹の研究生となるが、その美貌から研究生の身でありながらスカウトされそのまま女優となった。

その後の彼女は銀幕の大スターとなり、25歳でフランス人映画監督と結婚しフランスへと旅立つ。

結婚後も日本と巴里を行き来し、文化の懸け橋として、また日本における女優として、あるいはエッセイストとしても精力的に活動する。

彼女がフランス人の元夫に受けたプロポーズが面白い。
フランスでは有名なことわざがある。

“玉子を割らずにオムレツは作れない”

冒険をせずして結果は得られないということだ。
彼女は、結婚する時、そうだ、玉子を割ろう、と思ったそうです。

42歳で離婚した後は帰国し、今は精力的に自分のやりたいことをやっている。

彼女は85歳の今、こんなことを言っている。

やりたいことがなくなったら、私はさっさと死にます。だってつまらないじゃないですか。

やりたいことはたくさんあります。

やりたいことが次から次へと出てくるから、一人になってもなお、あんなに輝いているのだろうと思う。

彼女が2013年に出した、高齢者の恋愛が主題の”わりなき恋”を執筆。2015年、日本各地を回り、その朗読劇を行った。

これからどんなことをしてくれるのだろう。できれば彼女の、85歳であれほどの美しさを保っている秘訣も教えてほしいものだ。

やはり、好奇心、なのだろうか。

岸惠子(きしけいこ)さんってこんな人

生年月日 1932年8月11日
出身 神奈川県横浜市
学歴 神奈川県立横浜平沼高等学校卒業

1945年5月に横浜大空襲で実家が被災。
1951年に松竹の研究生となるが、スカウトされてそのまま女優となる。様々なヒット作を生み出す。
一番のヒット作は『君の名は』主人公の真知子役を演じ、当時彼女が巻いていたマフラーの巻き方を真知子巻きと言って、みんなが真似するぐらいの社会現象を引き起こしてしまったほど。

25歳の時に、当時来日していたフランスの映画監督イブ・シャンピさんと結婚し巴里へ移住。
その後日本と巴里を行ったり来たりしながら様々な映画へ出演。

『最近の日本は国としても日本人としても弱くなっていると思う。だから私はどんな逆境でもめげない人間を書きたかった。』
これは、彼女が82歳の時に書いた、『わりなき恋』について語った言葉だ。

彼女自身の生き方がとても繁栄されている本だと思う。彼女の、何歳になっても、寂しくても凛とした生き方にあこがれる。

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