萩野公介さんの、限界と器とは

萩野公介さんは日本を代表する水泳のトップ選手だ。
高校生で出場した初めてのロンドンオリンピックで銅メダルを取った。

常識にとらわれない独自の泳ぎ方で世界と戦っている。

ただ彼は、自分を分析した時、自分の弱さとは明らかに精神的な部分、だと即答する。

彼の長所は、とにかく努力家だ。努力することに限界はないと言う。

彼は人一倍練習をやってきたという自信で今泳いでいる、とも言っている。

中学二年生の時、彼は当時圧巻のトップだったマイケル・フェルペスの8冠達成を見て衝撃を受けた。

そして自分も圧倒的なチカラを付けたいと思ったのだった。
『できなかったものができるようになると楽しい。そういう姿を見るとあこがれますね。』

その後彼は、2013年の全日本選手権で未踏の5冠を達成するのである。

限界って何ですか?と問われて彼はこう言っている。

限界ってよくわからない。
自分たちは限界のその先を求めてトレーニングをしたりレースに出たりしているから。

ただそんな彼にも一度世界でまったく勝てないことが続いた時があった。
北島選手を育てた名監督である監督は、萩野選手は自分の世界の没頭している姿を見てこう思った。

『水泳は、自分一人で戦うわけではない。レースの時はもちろん一人だが、練習は仲間と行う。チームの人と認め合うことで、自分の強さや弱さを再確認する。それがないと、それを自覚するチャンスが減る。』

萩野公介は、その時自らの力で壁を乗り越えようと思っていた。
人に興味がない、他の人が何をやっていようが自分いは関係ない、という気持ちでいたのだ。

ところが、あることで彼の中に変化が起きた。

それは一緒に合宿に参加していた北島公介選手が練習中に軽い怪我をしたときのことだった。

北島選手はそんな厳しい状況になっても、それさえも自分への試練として受け止めているような雰囲気を出しているので、それに驚いたのだ。

怪我は競技人生を揺るがすような重大なこと。もし自分が今怪我をしてしまったら、動揺し焦ってしまう。とても彼のようにはふるまえない。

だから、厳しい状況でも前を向き続けることに素直にすごい、と感じたのだ。

彼はこう言う。

ひとりで成長していく、自分ひとりでできることには限界がすぐ来る

だから彼は今までは興味のなかった他の仲間、チームメイトに対して、声援を送る、応援する、という行動に出た。

頑張れ、と声援を送る。その姿はいままでにはなかったことだった。それは先輩(北島氏)の姿を見たあとの素直な自分のこころの変化の現れだった。

金ンメダルを取る人間は金メダルを取るべき器を持っている人間。人間的にも金メダリストだから多分金メダルを持っていると思う。

これは彼がオリンピック前、合宿中に放った言葉である。

そして彼は、リオオリンピックで金メダルを取ったのである。
東京オリンピックがとても楽しみな選手だ。

萩原公介(はぎわらこうすけ)さんってこんな人

生年月日 1994年8月15日
出身 栃木県小山市
学歴 東洋大学文学部
所属 ブリヂストン

ロンドンオリンピック 400m個人メドレー 銅メダル
リオオリンピック 400m個人メドレー 金メダル
200m個人メドレー銀メダル
4×200mメドレー銅メダル

水泳に接したのは、2歳の時母親と一緒に行ったマタニティスイミングが最初。
小学校の時に所属した水泳クラブで前田コーチに見いだされる。
その時に、無理だと思いながらできた時の充実感を体験する。

 

全日本選手権で5冠を達成し、自分を信じて努力すれば成長に限界はない、という想いをいただき、それが彼を高見へと導く。

大学卒業後はプロスイマーに転向。ブリヂストンに所属。
また北島康介氏が代表取締役社長を務める株式会社IMPRINTとマネージメント契約をしている。

 

 

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