村上茉愛さんの、がむしゃらな気持ち

村上茉愛さんは20代になって急激に実力を伸ばし、知られるようになった体操の選手だ。

一番大きかったのは、2016年世界選手権で63年振りの、日本女子選手としての世界選手権金メダル(床運動)、しかも史上初の、床での金だった。

日本の体操は男性と女性では大きな違いがある。
日本男子は、前人未踏の内村航平選手の活躍や過去のたくさんの体操選手の活躍で、日本の獲得メダルは100近く。(2018年現在97個)

それと比較すると、日本女子の活躍はほとんどない。

1964年東京オリンピックの団体で銅メダルを取って以降、団体でのメダルはない。また個人については1954年、池田敬子さんが金メダルを取って以降、誰も取ったことがなかったのだ。

だから村上選手の金メダルは日本女子にとって本当にすごいことなのだ。

体操は2歳から始めた。
しかし彼女が本格的に始めたのは、2004年、8歳の時アテネオリンピックにおける男子体操の活躍に衝撃を受けてからだった。
その時に、次のロンドンオリンピックで金メダルを取るという強い想いで練習。

ところが選考会前に骨折してしまい、それから3カ月以上のもの長いリハビリを余儀なくされ、当然オリンピックの夢も打ち砕かれた。

そういった苦しい体験をしてからの2016年の世界選手権復帰だった。

彼女が、他の選手よりもがっちりしている体型ですね、と記者に言われてこう言っている。

51kgです。
大学入って記録しました。

この身長(148cm)でやばくないですか?

スカートなんて高校以来履いたことはありません。
でも海外に行くとこんな体型の選手はいっぱいいて目立たないんです。
なので、世界大会に出るとほっとしたり。

これをモチベーションに?
もうなんでもモチベーションにするぐらい頑張りますよ

モチベーションはその辺に転がっている。
それを印象付けるような言葉だった。

よく選手は、燃え尽き症候群といって、目標にしている大会に優勝したりオリンピックで金をとってしまうと、そこからのモチベーションや目標をあらたに立て直すのがとても難しいと聞く。

でも彼女のように、すごく身近なもに対してもモチベーションを持つ、という姿勢ならどんな大きな舞台ですばらしい成績を収めたとしても、すぐに次の目標やモチベーションが見つかるのではないだろうか?

村上茉愛(むらかみまな)さんってこんな人

生年月日 1996年8月5日
出身 神奈川県相模原市
学歴 武蔵野東中学校→明星高校→日本体育大学

五人兄弟の3番目。赤ちゃんの時から飛び跳ねるのが大好きだったという。
4歳から体操を始める。

お母さんは体操経験者。
子供が体操をできるように、遠征費などの費用がかかるのでやらせられない、というのはかわいそう、ということで自宅で美容室をはじめて茉愛さんを支援した。
彼女のトレードマークははじけるような笑顔だ。
お母さんが、茉愛さんが子供の頃、笑うといいよ、と言ってくれて以来、自然と笑うことができるようになったという。
お母さんは彼女のことをずっと応援し、厳しいことも言った。

でも本人は、一番近い人がいろいろ言ってくれるのは心の支えになる、と言っている。
これからさらに技を磨き、はじけるような笑顔を見せ続けてほしい。

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