上野正彦さんの、”死”が意味するもの

上野正彦さんは元東京都監察医務院長であり、死体監察のプロである。
彼の初本「死体は語る」も衝撃だったし、それに続く人気本、「自殺の9割は他殺である」も多くの人に受け入れられている。

自殺の9割が他殺、というのはもとも自殺で処理されたものが実は他殺だった、という誤解を生んでしまうタイトルだが、自殺に追い込んだ理由を紐解くことにより、それは周りがその人を自殺に追い込んだのだ、という社会問題に深く切り込んだ内容だ。

この本に関する評価も、この点に焦点が当てられる。誤解を招く表現であることは確かだ。また出版後の反響も大変なものだった。

「『俺たちは関係ないんだ』という態度は許せません。『自殺は他殺だ』という表現はちょっと乱暴だから言うのをやめていましたが、言わざるを得なくなったんです。」

彼は、たとえば学校におけるいじめやそれに対応する学校や教育界の態度が許せないという。だからこの本に関する教育界からの反応、取材などをおおいに期待していたが教育界からの反応は一切なかったという。

法医学者は、さまざまな理由で亡くなった人たちの代弁者でもあります。

死体は自ら口を開いて語ることはできませんが、解剖を通して死体と向き合っていると「私は自殺とされていますが、本当は死ぬしかないところまで追い詰められたのです。

どうかこの無念をわかってください」と語りかけてくる言葉が聞こえるのです

さらに彼はこう言っている。
それは、ある事件で裁判になった時、依頼人の有利になってしまうようなことを話した時だ。
その時取材していた記者がこう言った。
『何で先生は日本一悪い弁護団の肩を持つんですか?』

それは法医学を知らなさ過ぎる。私は一度たりとも、依頼人に有利になると思って鑑定したことはないよ。

この人はどうやって亡くなったかを明らかにするだけだ。事実をそのまま伝えているだけなんだよ』と

そうしたら、向こうは黙ってしまいました

だけど、記者の気持ちもわかりますよ。妻子を失った旦那さんが、マスコミの前に出て色々と話をしているのを聞いていると可哀想でしたからね。

彼の元には多くの人が彼を頼って訪ねてくる。
しかし彼自身、とても後悔していることがひとつある。
それは亡くなってしまった妻のことだ。
末期がんを宣告され、病院で看護をしえちた時だった。

「子どもたちも見舞いに来ましたが、妻が頼るのは私でした。」

仕事で応接室やロビーで話をしていて1時間くらいたつと、携帯電話が鳴る。妻から「戻ってほしい」。戻ると、特に変わった様子はない。

 そして、「仕事あんまり入れないでよ」なんて言い出した。「ばかなこと言っちゃ困るよ。俺には俺の生活があるんだ」

つい口から出てしまった。妻は黙ったままで、寂しそうでした

今思えば、死が近づいてきた証拠だったのかもしれませ

「仕事をキャンセルして、ここにいるから」と、うそでも言えばよかった。むごいことを言ってしまいました。

病院では、ただ一緒にいることしかできなかった。
今、彼女の死を振り返って、上野氏はこんなふうに死を語っています。

私はずっと、法医学に携わってきました。死はナッシング、体と精神は滅びてしまう、と考えていました

 でも、妻は今も、私の心の中にいて死んでいない、つながっています。そして、あの世とやらで、妻に再会するのを楽しみにしている自分がいるのです

死に向き合い、考え続けてきた私でも、矛盾なく死を語ることはできません。


上野正彦(うえのまさひこ)さんってこんな人

生年月日 1929年1月1日
出身 茨木健
学歴 東邦医科大学→日本大学医学部法医学教室

小学校までは北海道の積丹半島、美国で暮らしていた。
昭和31年に余別村と合併し、積丹郡積丹町となってしまった。人口は今では4500人ぐらい。
北海道といえば、私の故郷でもある。
積丹半島は何度も行ったことがあるが、半島の先は断崖絶壁で、夏でも冬でもいつでも波が激しいところである。
積丹町はそんな積丹半島の海に面した寂しい漁村である。
彼は小学校時代をそこで過ごした後、東京で中学、高校、大学に進学する。兄や姉が東京に住んでいたから、父も中学以降は東京に行きなさい、ということだったらしい。
お父さんもお医者様で、地域の人のために無償で診療したり、ということをしていたようだ。町から表彰を受けている。

1959年、東京都監察医務院に入り監察医となる
1984年同医院長
1981年厚生省医道審議会委員
1984年杏林大学医学部客員教授
1989年に監察医務院長を定年を待たずに退官

退官後『死体は語る』を執筆 これが大ベストセラーとなり、以後テレビ、雑誌などで活躍しているのと同時に、監察医という仕事が広く知られるようになった功績はとても大きいと思う。
私自身も彼の出現と、この本によって死について理解を深めることができた一人だ。

日本推理作家協会会員で、文筆活動もしている。法医学者の視点から見た文芸作品を執筆。
「ザ・モルグ」という、監察医が主人公の漫画では監修を務めている。
彼は高齢であるが、何歳までも生きて、多くの人に色々なことを教えてほしい。
彼が語る言葉はとても貴重だ。

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