伊藤みきさんの、焦りを強さに変える言葉

伊藤みきさんは、日本を代表するフリースタイルモーグルのスキー選手。

モーグルは最大斜度37度もある急斜面を240mの距離で競う競技だ。
エア、ゴールまでのスピード、ターンの三つの要素でポイントが加算される。

 

彼女のすごさは何と言っても、一番ポイントの割合が高いターン
ターンは世界レベルだ。

上半身がぶれず両ひざがしっかり揃っている。安定感抜群だ。

小さい時から姉、妹ともにモーグルをやっていた。モーグル三姉妹として注目されていた。

18歳で初めてオリンピックに出る。トリノでは20位。次のバンクーバーでは12位と確実に実力が上がってきていた。

そして2014年のソチオリンピックではメダルを期待されての出場だった。

しかし、オリンピック直前に右膝を激しく損傷する。その時、続けるかやめるか相当迷った結果、彼女は続けることを決意する。

その時、こう思ったという。

たとえ今モーグルをやめて他の何かを始めたとしても、同じようなことで悩むだろう。

だったら逃げたくない。モーグルを続けてみよう

そして迎えたソチオリンピックだった。
ところが、本番20分前の練習中に、右膝十字じん帯負傷と言う、さらに大きな負傷をしてしまう。

8カ月以上という長いリハビリ期間が待っていた。

その期間、苦しかったか、と聞かれたら、意外にもそうではなかったという。

実は実の姉も妹も過去に同じ損傷をしていたのだ。そして二人とも復帰していた。だから、自分も同じような状況になった時、姉も妹も色々なアドバイスをくれたという。

これぐらいまでは全然歩けないよ、とかこういうふうになったら、医者にアドバイスを受けたほうがいいとか、自分の時はこうだったよ、とか。
もう少ししたらこんなふうになるから、など。

だからまったく不安はなかったと言う。
その時に、「ライバルは雪上にいますが、あなたはベッドの上です。どうですか?」
というインタビュアーの言葉に対してこう答えている。

どこにいても、何をしてても、常に課題ってあるので、生きている限り成長したいって思っているので、それにひとつずつ向き合うっていうのは別にベッドの上でも雪上でも変わらない

(だから)これができていないからダメだって、ずっと落ち込むことはあまりなかったです。

怪我をしていて焦る気持ちは誰にでもあるかもしれないが、伊藤選手の場合は、このような考えを持っているから、リハビリもうまくいったのだ。

他人と比較してしまっては、ああ、これもできていない、あれもできていない、でも今自分はベッドの上だから何もできない、というふうになってしまう。

けれども、彼女は他人と比べていたわけではなく、自分はもっと成長したい、という基本路線の延長線上に怪我という壁をとらえ、それを成長の糧ととらえていた。

だから、精神的にも落ち込むことはなかったのだ。

そしてリハビリ後に出場した大会で復活優勝を遂げた。

できるだけ1日1ミリでもいいから、前進するために何かを探してしている 
今できる最高のパフォーマンスを出し続けられるような選手になりたい

四度目のオリンピックを迎える時、彼女はそう力強く語った。

伊藤みき(いとうみき)さんってこんな人

生年月日 1987年7月20日
出身 滋賀県蒲生郡日野町
学歴 日野町立日野小学校→日野町立日野中学校→近江兄弟社高等学校、中京大学。
所属 北野建設に
マネジメント契約 スポーツビズ
2016年全日本選手権優勝
2017年アジア大会銅メダル

3歳の時からスキーを始める。姉も妹もスキーをやっており、両親もスキー好きのスキー一家と言う環境だった。
小さい時は毎週のようにゲレンデ通いをしていた。

趣味はカフェ巡り。海外遠征では、必ず現地のカフェ文化に触れるようにしている。

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