小平奈緒さんの進化

小平奈緒さんは、次世代エースとしてずっと期待されてきたスピードスケート選手だ。
岡崎朋美選手の次のエースとして金メダルを期待されたいた。

ところが2014年ソチオリンピックでは5位。メダル取得にはならなかった。

その後、小平選手はどうしたか?

オリンピック終了後、自分ひとりでスケートのためのオランダ留学を決行する。
オランダはスケート大国でメダリストたちが大勢いる、チームコンテニエに入った。

トップアスリートが留学したり海外で修行する、というのはよくあることだが、だいたいはお膳立てされた状態で海外へ行く。
しかし今回の留学は自分で決めて自分ひとりで参加したことだ。

彼女は、こう言った。
「用意された環境を歩くのは好きではない どうせやるんなら
自分の一回きりの人生なので自分がいいと思う環境で自分で選んでやりたい。」

オランダできがついたことがあった。自分の今前のフォームでは、地面にきちんとチカラを伝えられていない。

そのため、フォーム改善に取り組んだのだった。
オランダ留学から戻ってきてからの彼女は、まさしく覚醒した存在になった。
2016~2017年シーズンは連戦連勝。負け知らずになったのだった。

彼女はおらんだ留学をこう捉えてえていた。

 

スケートというスポーツを極めることに面白みを感じていたが、
自分の知らない世界を自分ひとりで行って観てきたので、
正解はひとつじゃなかった、まだこんなに世界は広がっているんだ、と感じました。

その目はキラキラと輝いていた。
彼女がオランダで得たもうひとつのこと、それはメンタル面の強化だった。
彼女は自分のことを客観視してみて、メンタル面では、自分の中に幹のようなものがあると言っている。

その強さはどこからくるのか?記者が質問した。

 

自分が選んでいるから、

自分の責任だと思えば
失敗も成功も全部受け入れられるという覚悟ができているので、自分のためにスケートという競技を楽しめているというのが一番大きい。

人のためならここで失敗したらどうしようと思うけど、ここで失敗しても私の人生だし、精一杯やればいいんだ、そう思ったら緊張しない。

メンタル面でも技術面でもかなりの進化を遂げた小平選手。

あと二週間足らずで迎える平昌オリンピック。彼女のすべりをしっかり見届けたいと思う。
彼女は、これからの滑りについてこんなふうに語っていた。

順位はコントロールすることができない。

自分と言う物差しの上に自分を持っていきたい。

そこしか自分でコントロールすることはできない。

そして小平さんは、実に31歳で、平昌オリンピック500mで金メダルを獲得しました。すごい!!!

彼女はその前の年まで色々なことに取り組みました。その中で彼女はこんな言葉を残しています。染みる。

与えられるものは有限、

自分から求めていくものは無限

この言葉はどんなことにも応用できます
彼女は、金メダルを取るために、色々なことに挑戦し、自分から求めていきました。そして世界が広がっていったのです。
でも与えられるものを待っていたら、それ以上のものは得ることができない。

だから、自分を成長させたかったら、自分から求めていくこと!

深い~。

小平奈緒さんってこんな人

生年月日 1986年5月26日
出身 長野県秦野市
学歴     茅野市立北部中学校→私立伊那西高校→信州大学教育学部

3歳からスケートを始めた。
史上初、中学生での全日本ジュニア優勝。

大学1年時に第25回日本学生氷上競技選手権大会500mと1000mの2冠達成。
2年時の2006年全日本スピードスケート距離別選手権大1000m優勝。
4年時の2008年、全日本スピードスケート距離別選手権大会1500m優勝。

2017年12月ソルトレイクシティで行われたワールドカップ大会の最終日に行われた1000mで、これまでの記録を0秒09更新する1分12秒09の世界新記録をマークして優勝した。日本人女子が世界新をマークしたのは彼女が初めてである。

 

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