葛西紀明さんの長く続けるモチベーション

オリンピック7回出場、いや、もうすぐ8回出場となるはずだ。
驚異的なㇾジャンド、葛西憲明さん。

この人の名前を知らない人は日本でも少ないだろう。

それだけ国民に愛されている、長い間現役選手として活躍しているすごい人だ。

彼は10歳の時にスキージャンプを始めた。6年後には史上最年少でオリンピックに出場するのである。

そこから連続7回の出場。

彼がモチベーションを落とさず、毎回オリンピックに出場できているのは、どういった想いがあったのだろう。

22年間の競技生活の中で一度も辞めたいと思ったことはないと言う。
それはなぜか?

ここまで続けられたのは悔しい想いをしてきたから

悔しいという感情が、彼を生かしているのだ。

面白いもので、スキージャンプというものは、追い風だと飛ばない。向かい風の時に一番良く飛ぶと言う。

凧の原理と一緒だ。

凧は向かい風が来た時、一番空高く舞い上がるのだ。

スキージャンプは毎回と言っていいほどルールが変更になる。

彼が最も怖かったのは、1992年アルベールビルオリンピックの後に変わったルール改正だ。
それまでのスキー板をまっすぐにして飛ぶ方法から、V字型スタイルで飛ばなくてはいけない、というルール変更。

さらに長野オリンピック後は、スキー板の長さが短くなるというルール変更。

様々な壁を乗り越えながら、少しずつ進化していく葛西紀明さん、

「若い頃、周りは30歳を過ぎたら引退していたけど、自分が30歳になって『全然出来るじゃん』と思ったらどんどん成績も出てきた。」

成績が落ちてしまえば企業には居づらくなるし、スポンサーも減る。選手としても危うくなる。
ところが、彼は毎シーズン一定以上の成績を上げ、年齢を増すごとに安定感が出てきたと周りも評価している。

だから彼はずっと選手で居続けられるのだ。

まだまだ進化できる、まだまだできる、という気持ちがある限り、彼はさらに前進していくに違いない。

スキージャンパーのレジェンド。この代名詞はヨーロッパ発祥だ。日本より先に海外に認められている、世界のスーパースターなのだ。

葛西紀明(かさいのりあき)さんってこんな人

生年月日1972年6月6日
出身 北海道上川郡下川町
学歴 東海大四高校
所属 地崎工業→マイカル→土屋ホーム 選手兼任監督

両親、姉、妹5人家族だが、妹さんは難病のため2016年に亡くなる。2014年に一般女性と結婚した。

2014年1月ワールドカップで最年長優勝を記録した。

現在所属している土屋ホームは一般社員として雇用されている。そのため販促業務など普通に働いている。
2014年にはソチオリンピックでの銀メダル獲得によって同社住宅部長に昇進したという。
また、葛西プロデュースの戸建住宅「土屋LEGEND 葛西MODEL 2014」が発売されている。
葛西選手は日本の宝だ。
これからもっとたくさんのレジェンドを作っていってほしい、という意味で、土屋ホームさんを応援したいと思う。

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