倉本聰さんの生きる原動力とは

倉本聰さんは日本で誰もが知っている有名な脚本家である。メガヒットとなったテレビドラマ、『北の国から』では、誰もが涙を流した。

そんな倉本聰さんは現在80代となられ、ご自身でも体力が減退していることを理解し、終活をされていると聞いた。

倉本聰さんは、脚本を書きあげる時、時々ものすごく良いものが書ける時があると言う。

そんな時はきまって肩がものすごく懲り、そして吐いてしまったという。

そのことをある人に相談した時、こんなことを言われた。

「それは当たり前だよ。だって、それはお前が書いてるんじゃないんだ。お前の後ろにいるSomething greatがお前に書かせてているだよ。」

「吐き気がしちゃうんだけどどしたらいい?」

と聞くと、その人は、お香をたけ、と言ったという。以来彼はモノを書く時、お香を焚いている。

僕が何かに乗られて自分の力でないものでかけるようになってはじめてプロだと言えると思うけどね。

その体験から彼は、本当のプロの仕事とは、何か自分だけの力じゃない力が働いて、モノが書けるようになるのが本当のプロの仕事だ、とまで言っている。

彼は北海道の富良野に住んでいるのだが、毎日、毎日何かを書いているという。

ダンサーが一週間練習しなかったら
身体がどれくらい落ちるか。
僕さーが一か月休んだら次に戦うことができるか。

脚本家が一週間書かないでいると
一週間目に書く時は大変ですよ。

毎日何か書いて
筆先が考えるように自分を仕向けて常に保っていないと
衰えてきますよね。
退化してきますよね。

 

彼が脚本を書く時は、必ずやることがある。そしてこれが彼の脚本の生命線にもなっている。

 

それは登場人物の人生を掘り下げる作業だ。

これを半年かけて行う
この作業を、どこまで練ったかで脚本の良し悪しが決まるという。

ドラマっていうのは一本の木のようなもの。
木っていうのは根っこから生えてくるわけですよ。

根っこがしっかりしていないと
木が育たないですよね。

根っこは登場人物たちなんですよね。
木を考える時葉っぱの茂り方をどうするとか
実ををどう美しくつけさせようか
花をどう咲かせようとか
根っこのことは考えないで、外見ばかりを見てしまう。

そこに時間をかけないので
だらしない本ができてしまう。

半年一年かけて
最初の根っこを作るところに時間を使いますね。

彼の脚本作りの根っことなっているのは、それぞれの登場人物たちの生い立ちや考え方。ドラマの中ではおよそ関係なさそうに見える、その人物たちの生きざまのようなものを、時間をかけてじっくり作り出していくのである。

彼はつい最近、舞台の脚本と演出を行った。それは『走る』という演劇だ。

ベテランではなく、まだ演技の未熟な若い人たちを起用した。
本番まで間もない華僑に入っているのに、まだなかなか形にならない役者達に彼はいら立ちを覚えていた。

そしてこんなことを言う。

プロじゃないよ君、
全然

少なくても芝居に関してはプロじゃないよ。

君らの年は、勉強すればグーっとあがってくるんだよ。

その時期っていのうは短いんだよ。

20、30、40、その時期を逸しちゃったら
もう死ぬのを待つだけ。

本当に今しかできない努力っていうのはあるんだよ。

彼を駆り立てるものとは何だろう?

僕はまだ完成していないと思うし。
全然
進歩の途上だし
本当にまだまだこれからですよね。

どっか途中でもって結局
一生を終えちゃうんだと思うんだけど、
完成なんていうものはこの世界ではないですよね。

ただ新しい感動、
今までにない感動を生み出せたかとうことを
毎回考える。

年を取ったから、

それは劣えるんじゃなくてね、

長生きするっていう、
生きることの原動力がそこにある気がするし。

 

倉本聰(くらもとそう)さんってこんな人

本名 山谷馨
生年月日 1934年12月31日
出身 東京都代々木
学歴東京大学文学部美学科豊島師範附属小学校(現・ 東京学芸大学附属小金井小学校→麻布中学校・高等学校→東京大学文学部美学科卒業。

父・山谷太郎氏は春潮という俳号を持つ俳人で、『野鳥歳時記』を残した。両親はともにクリスチャン。

4任兄妹の次男として生まれた。戦時中は山形市上山市や岡山県金光町に疎開。
学生時代は戦後の混乱期でラジオドラマと新劇が唯一の楽しみだった。

ニッポン放送に入社したが、その仕事のかたわら、人を幸せにする物語が描きたくて副業でドラマの脚本を書き始める。

才能が開花し年間50本のドラマを手がけて売れっ子になった。

NHKの大河ドラマ勝海舟を手掛けた時、 NHKとセリフの言い回しを指示することに対して制作スタッフと対立し大喧嘩し、その日のうちに東京を捨て、北海道行きの飛行機に飛び乗った。

この時はすべてを捨てる覚悟だったと言う。

「シナリオはダメだと思ったから。
あの時は運転手トラックの運転手になろうと思いましたから。
あの時は本当に。」

札幌で暮らし始める。
富良野に定住することになった。その三年目に。北の国から、が生まれたのだった。

今でも彼は富良野の地で定住している。

倉本さんがいつもシナリオを描く時につけているというお香。
お香の香りは本当に色々な種類がある。

倉本さんは、窓も開けていない時、お香を焚いていて、そのお香が身体にまとわりつくようなことがあるという。
そういう時、必ず自分が書いたとは思われないすばらしいものができると言う。
お香は、リラックスしたり気分を落ち着かせたり、というような時に使うことが多いが、その他にも記憶力を高めたり、集中力を高めたりする効果もある。
たまには気分を変えて、お香を焚いてみてはいかがだろうか。
安いものは不純物が入っていて、人工的な香りのものも多い。それでは逆効果になってしまう。

お香は本物の香りを選ぶことをお勧めする。

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