原晋さんの、強い個人と組織を作るには


青山学院大学の原監督、と言えば、ちょっとマラソンをやっている人だったらみんな、すごいよね~、と言われる人だ。
ところが実はご本人は、自身がランナーだった時はどん底を味わった人だ。

新卒で中部電力のマラソン選手として入った。ところがわずか5年で故障のため引退。そして会社員として左遷されてしまった。
営業としてゼロからの出発だった。それから10年間は苦労しっぱなしだったそうだ。
陸上でダメだったヤツがサラリーマンでもダメだったと言われたくなくてがむしゃらにがんばった。

2004年4月、縁あって、青山学院大学(以下、青学)のマラソン部監督として就任。当時は青学は箱根駅伝には出ていなかった。
この時、彼はある決心をする。

5年を目途に箱根駅伝へ出場
8年以内にシード権獲得
10年以内に優勝争いができる位のチームにする

会社で10年スパンでの長期計画というのが当たり前だった。
それを、マラソンにも導入したのだ。

実際には6年目にシード権獲得、11年目で優勝を果たした。
指導スタイルとはどういものか、という問いに彼はこう答えている。

どんな分野でも核となるものがあると思う。

マラソンの場合は何かと言うと、それは規則正しい生活なんですね。

マラソンはパンツとシャツ、タイムだけで競う競技。
だから人間にとって当たり前の、三食食べる、寝る、起きる、これをきちんとやることなんです。

さらに原監督には、選手をやる気にさせる指導法がある。

  1. まず目標を数字にして書き出させます。
    いつまで何を何回、
    何セットというのを具体的に設定します。

2. 人間明るさが大切なんです。前向きになれるから。今まで陸上界というのは黙々と練習するという風潮だったが僕は明るいことはいいことだとずっと言い続けています。

3. 相談してくる人に育てるということ。たとえば僕のところに、「足が痛いんです。」と相談に来る学生がいる。僕は、「それで?」と聞きます。
「Aというものをやりたいんですけど、そのためにはこれをやったらいいんですか?」というふうに、相談してくる人に育てたい。これが人を強くします。

4. 答えを出さずに出るまで待つ。
原がいなくなった時に弱くなるのではだめなんです。常に考えさせるような組織にしていきたい。
僕はこチーム青山でこれからもがんばりたいと思っています。

 

原晋(はらすすむ)さんってこんな人

生年月日 1967年3月8日
出身 広島県三原市
学歴 世羅高校→中京大学→中国電力マラソン部

中学校1年の時マラソン大会で構内1位。高校では中1の3年生の時主将として全国高校駅伝2位に貢献。中京大学で3年時に日本インカレ5000メートル3位。その後中国電力の陸上競技部創設に参加し、中核として活躍。しかし怪我が元で入部5年で引退を余技なくされた。

その後元マラソン競技部の営業マンとして左遷された地で、10年間頑張って会社員生活を送る。
その後縁があって、青山学院大学のマラソン部監督として就任。

11年目で、箱根駅伝での優勝に導く。その後2018年まで4連覇達成。テレビやラジオなどのメディアにひっぱりだこである。

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