青柳貴史さんの、黒子に徹する気持ちで稀有なビジネス

青柳貴史さんは、日本で非常に少ない職業のひとつである整硯師(せいけんし)だ。

端的に言うと、硯(すずり)を作っている人だ。
小学校や中学校では、今でも書道という授業がある。お正月には書初めもする。その墨を作る硯を作っている人だ。

今の中国でさえも、硯のための良質の石は見つけることができなくなっているという。だから昔の硯はとても高値で売買されている。

青柳さんはお父さんも硯職人、そしておじいさんも本場中国で修行をしたことがあるという硯職人だった。そのため自分も大人になればこの道を進むんだろうな、と漠然と思っていたのだという。

しかし父も祖父も硯職人になれと強要されたことは一度もなかったという。
この道に進もうと思ったのは、祖父が亡くなった時だった。それまで一生懸命自分に教えてくれていた祖父が亡くなり、早くこの技術を習得しなくては、という想いで、大学を中退して父に教えを請うようになったという。

自分から積極的に進んで入った道。物言わぬ石に命を吹き込む、文化を守ることを天命と知っているのが青柳氏だ。
彼は自分の仕事についてこう語っている。

とにかく、絶対自分がこれは大事にしたいというのは

石の良さを殺さないこと

そこに作家性は必要ない 

黒子に徹した技術者である

これは、常に石に向き合っている彼の、心からの想いだと感じる。
石を知り、その石の個性を最大限に生かすことが自分の使命である、ということだ。
そして、硯を作る人間側が石を操ってはいけない、ということを肝に銘じている言葉だ。
自分を出さず、石の個性を引き出すことを自分の仕事として明確にしている。

硯は深刻な材料不足に直面している、というのが今の硯業界だ。
新たな鉱脈をみつけられれば、文化の衰退に歯止めがかかる、という。

彼は常に、良い石を求めて、全国を探し歩いている。
石の良さを知り、その個性を殺さない、この概念で自分のビジネスを育てているから、周りが本物と認めてくれるのだ。

ニーズが少なくても、ニーズは必ずある。

硯を必要としている人たちは必ずいるのだ。

そのニーズに対して、本物以上のものを、期待以上のものを提供できているから、周りがほうっておかないのだ。

優れたビジネスマンだ。

青柳貴史(あおやぎたかし)さんってこんな人

生年月日 1992年2月8日
出身 東京都台東区浅草
学歴 大学中退

曾祖父、祖父、父と、浅草にて宝研堂という書道用具を扱うお店を経営していた。
青柳さんんはその4代目。
彼は大学においては、きっと整研師として役に立つだろうとういことで中国語を勉強し始めた。

彼のバイブルは『中国の名硯

宝研堂では、硯のオーダーメイド、修復などが仕事の中心。また彼は大東文化大学書道科の非常勤講師もしている。

2017年には神奈川県近代文学館に展示されている夏目漱石の硯のレプリカを半年間かけて制作した。

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