佐藤琢磨さんのモチベーション

佐藤琢磨さんは、2017年のインディ500で、日本人選手として、アジア人として初めて優勝したすごい人。

インディ500というのは、アメリカでもっとも歴史のあるカーレース。インディアナポリスの500マイルレースを略してインディ500と言う。

500マイルは約800km、1周4kmのコースを200周し、約3時間かけて戦う過酷なレース。時速は最大380kmほど。
常に1~2Gの負荷がお尻にかかる状態で3時間を耐える、耐久レースでもある。

佐藤氏にも一番つらかった時期があった。2002年25歳の時にF1デビューし、そこからは順調だたが、31歳の時、2008年にチーム自体が撤退しなくてはいけないことになった。
その後シードを失い、オファーを待つという状態が2年続いた。

でももう限界だった。

そこで彼は「それだったら自分で行動するしかない。」と決意。色々なところの門をたたいた。

その時に初めてインディ500の世界に触れたのだった。

10歳の時に、F1レースを初めて見た時と同じ衝撃だった。

その時彼はこう思う。「これ、自分でできないかな。他の人にやれているんだから。」

その時、くやしさと好奇心が同時に起こり、あ、これやってみたい、という気持ちになったのだった。

その時、彼はその当時のことを振り返り、こう言う。

目標と夢ができた瞬間に、人って動けるんだな、と思う。

どんな状況でも決してあきらめない技術をみがき、世界最速の道を切り開いた佐藤氏が発した、真実の言葉だ。

やがて彼は、8戦目にして、勝利を手にするのだ。

今後の方向性は?と聞かれて彼はこう言う。

「挑戦したい
さらに上に行きたい
もうそれしかない。」

てっぺんまで駆け上がった人の、、その後のモチベーションとなるのは他の人との競争ではなく、自分自身がどこまでいけるか、それへの果てなき挑戦なのである。

佐藤琢磨(さとうたくま)さんってこんな人

生年月日 1977年1月28日
出身地 東京都新宿区
学歴 和光学園高校→早稲田大学人間学部 中退
2012年より中日本自動車短期大学客員教授

10歳の時に鈴鹿サーキットでF1を観戦した時に衝撃を受ける。
1996年、本田と鈴鹿サーキットがレーシングスクールを設立。大学を休学し入学。1997年主席で卒業。

2001年日本人初のイギリスF3チャンピオン、国際F3レース優勝し、世界の頂点へ。

2017年インディ500 8度目の参戦でアジア人として初となる優勝。同年、日本国政府より「日頃のたゆみない精進によって、モータースポーツにおいて数々の記録を打ち立て、極めて優れた業績を挙げた」として、8月4日付で内閣総理大臣顕彰を授与された。

インディ500を観戦するには
インディ500は米国インディアナ州、インディアナポリス市のインディアナポリスモータースピードウェイで毎年5月のメモリアルデーの前日の日曜に開催される。

F1モナコグランプリ、ルマン24時間レースとともに世界三大レースに数えられる。

大会は開幕後、練習走行・予選・決勝レースなどのレースプログラムと、サイン会やパレードなどの観客向けイベントが1ヶ月間開催される。

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