川内優輝さんの、強くなれた理由

川内さんは、埼玉市役所に勤務する市民ランナーとしてお茶の間の人気者だ。

2017年には世界大会で、日本人トップの9位入賞を果たす。この世界陸上大会終了後、今後は若手の刺激になるような存在になれればよいと、実質日本代表を引退する意向を示しているのだが、2020年の東京オリンピックの代表選考の資格はすでに得ている、という状況。

そんな中、2018年元旦にアメリカのボストンで開催されたマーシュフィールド・ニューイヤーマラソンにて、唯一の完走者として2時間20分を切る、2時間18分59秒を記録、この大会のベストタイムで完走。

この大会結果で、サブ2時間20分の世界最多回数(76回目)

を樹立した。

 

マイナス17度の、地面がツルツルのコンディションで走ったすばらしい結果だった。この時のフルマラソン完走者はただ一人だった。(フルマラソン登録者数3名、ハーフマラソン30名程)

彼がなぜ市民ランナーとして数々の素晴らしい記録を打ち立てているのか、それは彼の挫折が大きく影響しています。

高校時代は5000mを14分台で走ることもでき、箱根駅伝の強豪校からきっとスカウトが来ると思っていたそうだ。

ところが練習中に大きな怪我をしてしまいます。初めての挫折です。

さらに大学在学中には実業団の誘いはなく、調子は上がらず、さらに派手な転倒も経験してしまった。

その時、監督からも離れて自分ひとりで独立して走ることを目指した。

その時のことを振り返りながら、彼は、だからこそ今こうしてすばらしい記録を出し続けられるランナーになった、と話します。

振り返ると、物は考えようなのだと思います。

ケガをしたから、無理なく楽しく走ろうと思い、強豪校ではないから自分なりに工夫しようとし、市民ランナーになれば時間をやり繰りしながら集中してトレーニングしなくてはいけない。

エリートの道を外れたことが、自分にとって発想の転換になったのかもしれません。

彼は、自分がこれだと思う練習法を自分で生みだし、固定概念にとらわれない練習を日々行っている。

フルタイムで勤務しているから、他の日本代表選手より圧倒的に練習量が少ない。だから出る大会も絞り込み、少ない時間をフル活用して練習に励んでいる。

だから集中度も高い。

彼はこれから海外の大会に出ていきたいということだ。

「世界中の大会に出て人脈を作り、日本人でもこういう形で世界で戦えるところを見せていきたい。好きな大会で好きなだけ走り、これからも自分を追い込んでいく。」

頼もしい、日本最強の市民ランナーだ。

川内優輝(かわうちゆうき)さんってこんな人

生年月日 1987年3月5日
生まれ 東京都世田谷区
出身 埼玉県久喜市
学歴 久喜市立鷲宮中学→埼玉県立春日部東高等学校→学習院大学法学部政治学科→埼玉県庁職員

高校時代は故障が多かったが大学時代関東学連選抜選手として箱根駅伝に二度参加。

初めてのフルマラソンは、大学卒業前の2009年2月に参加した別府大分毎日マラソン。20位。その翌月の2009年3月の東京マラソンでは19位。

彼はマンガを読むのが大好き。マラソン関連のマンガのコレクターでもある。
マラソンを主題にしたマンガは、たとえば「Trush 蒼空のたすき」
「ハイアーグラウンド」「Road ~輝ける道~」
「マラソンマン」
「涙の陸上部」など、数え上げたらきりがない。

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